プロフィール
右枝

働きたくないアラフォー子供部屋おじさん。
音楽専門卒→フリーターバンドマン、夜勤15年→無職へ。
2021/12/1から無職ニート生活。
ニコニコ漫画に1ページ日常漫画投稿中↓
話し相手がいないからここに描く。

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主語が大きくなる瞬間に腹が立つんだな

雑記

現代は個人の個人的な呟きや意見が
世界に発信され、
それがなんらかの形でピックアップされて
何の関係もなかったはずの無職のぼくとかに
飛び込んでくるわけです

その呟きはもちろん、
ぼくに向けて発信されているものではないし
ぼくも「関係ないけど、
何やらアルゴリズムとかいう
機械帝国の支配の関係で
ぼくの目に入ってきてしまったんだな」と
割と距離をとって見ることができます

なので、
例えばぼくの好きな漫画とかが
批判されていても
「そういう人もいるんだな、ふーん」
という風にスルーすることができます

けれども、
その批判の主語が大きいと、
腹が立ってしまうことがあります

どういうことかというと、

私はこの漫画は面白くないと思いました

これはOK、個人の感想です

面白くないから誰もこんな漫画読まないよ

これはダメです

という話です

後者は主語が大きすぎます

「ぼく、私」がそう思ったってことだから
まあしょうがないように思えるけど、
そいつが「誰も」と
不特定多数の人間の意見を聞いたかのように
言うのはおかしいわけです

って、当たり前の話なんだけど、
これ意外と有名人もやってます

とある300万人越えYouTuberが
個人的に、商品のココが嫌いっていう
話をしていた時に、
誰がそんなの求めてるの?
っていう風に面白おかしく批判していました

ぼくはその批判には同調しなかったので
まあそういう人もいるかぁ
って途中まで聞いていたんだけど、
YouTuberが
「誰がそんなの求めてるの?」
って言った瞬間に何か嫌な感じがあって、
そういう意見もあるのねって立場で
聞いていたところから
急にグイッと胸ぐらを掴まれて
この話題に参加させられて
その上で批判された

っていう気持ちになりました

まあ細かい話だけど、
ぼくはなるべく主語は大きくしないように
したいなと思いました

ぼくも同じように
そういう方法で
自分の意見をよりキャッチーにしようとして
主語を大きくしてることって
あるよなと身につまされました

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