プロフィール

働きたくないアラフォー子供部屋おじさん。
音楽専門卒→フリーターバンドマン、夜勤15年→無職へ。
2021/12/1から無職ニート生活。
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話し相手がいないからここに描く。

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夢を叶えたい人のための失敗例4選【専門学校生必見】

考え方

なんか意識高い感じのタイトルになってしまいましたが、、

ツイッターでとある漫画を見かけまして、それが刺さったのでここで紹介しようと思います。

ぼくも夢を叶えようと専門学校に通っていた時期があるので、この漫画は心に刺さりました。「うわーこういう逃げ方してたな〜」と思ってしまいました、、

本気じゃない

うまくいかないのを「本気を出していない」で片づけ
いつか全力を出せば解決すると思っている

結果が出なかった、でも本気じゃなかったしという自分へのいいわけですね。

じゃあなんだったんだ、という話で。本気じゃないことに取り組む時間の余裕はないはず。だだの時間の無駄だったということにも気がついていない。

当たり前ですが本気だったわけですよ、それで失敗したので本気じゃなかったと思い込もうとしているわけです。

負けをきちんと認めないのはよくないです。なぜかというとクセになるから。これが積み重なると重症です。

いやあぼくもね、このコマの女の子のように、「自分はこのフィールドで戦ってないし」とかって思って自分に言い訳して自分の挫折をごまかしていました、、

自分は悪くない

自分の実力不足を棚に上げて
他者や環境にのみ原因を追求する

自分以外の責任にしてしまうパターン。責任転嫁ですね。環境、他人など自分以外のもので決まってしまっているものだから、自分のせいではないという逃げ道です。

なにも創作活動に限らず、学生に限らず、こんな逃げの一手を打つ人は大勢いますよね(人のこと言えないですが)

これも積み重なったら重症です。自分の責任を認めない人間のみっともなさは歳を重ねるごとに倍増していきます。

悟り

わかっていたから別に大丈夫
という大丈夫じゃないやつ

「こんなことはわかってた」という逃げの一手。ネット掲示板とかでもよく見るようなマウンティングと同じです。

「わかってたんならなんでそうしたんだ」という問いに答えられるのでしょうか。わかってたんなら最初からやるなと。

わかってたんならその逆が成功だともわかっていたんじゃないの、そっち行けばよかったんじゃないの、というね。即論破事案。

スナイプ

狙って出した結果なので
逆に1つの成功ではないかという雰囲気をかもし出す

失敗は失敗だけれどこれを狙っていたという逃げ方。「悟り」と似ています。

でも、ここまでくるともはやなんでもありの世界に突入している感じがします。どう転んでも「自分は間違っていない」と思えてしまうんですよね。

自分は何も悪くないと思えるようになり、それは客観的に見れば、悪い現状を受け入れない人間ということになります。「あ、こいつに何言っても無駄だ」感。

専門学校という特殊な環境

専門学校って、全国から「自分と似たような人」が集まっているところだと思うんですよ。同じものを目指しているので、趣味趣向が似通った人が集まります。

これまでの高校などの自分の狭いコミュニティでは自分は個性的と言える存在だったのが、自分に似た趣向の人間が集まることによって自分の個性が死んだことを実感するわけです。で、そこから競い合うわけで。

個性が死んだことを認めて這い上がるべきなのだけど、また同じく学校のように集団で楽しく過ごすなら、自分を守ることも必要だと感じで自分への言い訳が始まるわけです。

4パターンの例で行くと2つ目に分類されそうですが「あいつは天才だからなー」とか負け芸に徹したりとかね。集団になってキャラクター分けができたりするのは、集団で人と仲良くやっていくなら案外楽だったりします。

ぼくは自分のことを振り返ると、学生の頃はなんかまだ若いし始まったばかりだし毎日楽しいしという感じで危機感がなかった気がします。

先のことを考えないので今やるべきことも明確じゃない。同じものを好きな、同じ道を選んだ人が周りにいてとにかく楽しいので、そこでゆるゆるしている間に学生期間が終わってしまいました、、

客観的な目線と素直な心

最後に「ほとんどの学生が自分のことを客観視できていない」と締められていたけど、そうなんだろうなと納得感、というか既視感。学生時代、自分がどういう方向に進んでいるのか、客観視なんかできていなかったです。

何かの本で社会人として働く力=自分を客観視できる力というのを読んだことがあるんですが、まさにそうだと思うんです。これだけ情報が溢れて、アクセスしやすい時代なので、自分を客観的に分析することができれば自分が成長する解決策というのは何かしら見つかるものです。

そこに必要なのは素直さですね。失敗を失敗として認められる、正面から向き合える素直さがあればいいんです。

将棋のマナーで負けた時にちゃんと敗者が「まいりました」「負けました」と言わなければならないというものがあります。有名ですよね。この言葉は屈辱的なことですが、だからこそ次頑張るという気持ちが出てくるものです。

どの失敗のパターンも共通するのは、現実から逃げているし、自分を守っています。自分が傷つかないための対処法なわけです。

傷つくのは当たり前。失敗、負け、挫折なんて当たり前なんです。ここを認めなければ成長はないです。自分の現在地を素直に認めることが大事です。非常に身につまされるマンガでした。

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