芸人仲良し時代を加速させた千原ジュニアの選択 上沼恵美子「だからおもろないねん」

お笑い

吉本芸人闇営業の件、もう場外乱闘のようになっています。「そもそも反社会勢力が一番悪いのに」ってみんな思っているけれど、この問題の様々な所に共感できるからこそ語りしろが多く、話が広がっている気がしますね。

かく言うぼくはそうで、会社と労働者の関係性が漫画のようにわかりやすく悪と正義のように見えて(ギャラが9:1とかね)、雇われている側にあってストレスを抱えているぼくのような人間はどうしても興味が湧いてしまうわけなんです。弱い立場の芸人に共感するし、自分を重ねて見てしまいます。

そんな中で、闇営業問題から派生している話題をここで取り上げたいと思います。関西の大御所ご意見番の上沼恵美子の発言です。これが爽快だったんですよね。

貴重な意見だし、もっともな考え方だなと思いました。今のテレビの笑いの現状を批判しているようにも思えて、共感する部分がありました。

宮迫消えるしスッとしたわーって思わんの?

読売テレビの『上沼・高田のクギズケ!』と言う番組での発言のようです。

上沼恵美子 宮迫の地位を狙わない芸人たちに「だから今の芸人はおもろないねん」「『な、おもろないようにしような』って、あんたらスクラム組んでんのやろ?」

https://togetter.com

闇営業のゴタゴタにより引退に追いやられそうな宮迫をかばっている芸人たちに、上沼恵美子か以下のようなコメントをしたようです。

  • ライバル違うの?
  • こんなことになってスッとしたわー消えるしとか思わんの?
  • 私は上は消えてってほしいって思ってました
  • だから今の芸人はおもろないねん

これは痛快でした。最初にネットニュースでタイトルだけ見たら「え?」と思ったけど、数秒考えてみると「まあそりゃそうだわな」と。で、記事を確認しにいったらさらに納得、正直でまっとうな意見だなとぼくは思いました。

なぜ芸人側が宮迫をかばうのか、「もう50歳で年齢的に、、」という反論が上がっていましたがそれを一刀両断していました。無双状態でしたね。仲間意識が”強すぎる”芸人に喝を入れた構図で笑いにもなっていたようですが、本音は入っているだろうと思います。

確かに家族があって守るものがあって、それとともに地位もいつの間にか上がっていて、、、という今の芸人たちは、同じ境遇の宮迫の生活も想像できるから、宮迫の立場を自分のことのように感じて、また一緒に仕事したいという気持ちになるのは当然ですよね。

ただ、それが芸人としての面白さを保つ上でどうかというのは別問題なのだなあと上沼恵美子の発言で思わされました。

厳しい芸能界を勝ち上がったはずの、若い頃は蹴落としてでも上がろうとしていて、その地位を勝ち取った今の中堅芸人。勝ち取った先には、実は自分たちで結託して共同体のようにして今の地位を守っているような構図に知らず知らずになっていたんじゃないかって、上沼の意見を聞いて感じるところがあったんじゃないでしょうか。

「だから今の芸人はおもろないねん」というのは「よくぞいってくれた!」感がありますね。

強烈な皮肉を込めて「『な、おもろないようにしような』って、あんたらスクラム組んでんのやろ?」と言うのは、今の中堅芸人たちによって形成されたひな壇お笑い文化、空気を読む団体芸の笑いに対する批判のようにも聞こえました

芸人仲良し時代

今、中堅芸人として彼らがテレビの舞台でどう活躍してどうやってポジションを獲得していったのか、その過程でどういう形で番組も笑いも変わっていったのか。リアルタイムで見てきたぼくにとっては、ゆるやかに変わっていったように見えるので気がつきにくいし客観的にはわからないところもあります。

その上でですが、今はテレビに出ている芸人たちがみんなが仲良くなっていて、芸人仲良し時代だなと思います。

今の40代の中堅芸人たち、つまり日本で人数が多い世代(←これポイントな気がする)がみんな仲がいいんですよね。一緒に戦っている中で最初は敵同士でもだんだん戦友みたいになっていったんじゃないでしょうか。

人数が多いというだけで、お笑い業界の中でも世代的な孤立もしなかっただろうなと思うし、挫折と栄光を共有しているので、もうそれこそファミリーみたいなんだと思います。テレビ画面からはそう見えます。

加えて、彼らは今の大御所芸人たちとも直接の先輩という形で繋がりを持っているように見えます。世話になったのが大先輩、先輩の先輩は大御所、という形で笑いの世界の繋がりが強く、全員で頑張っているという意識は強いと思います。

中堅芸人たちが定着させたのはひな壇の笑いですよね。アメトーークが顕著だと思いますが、人数の多いトークをみんなで作っていく形の笑いです。この形が、尖った芸人を引きずり下ろすというか、内包して仲間感を出しているきっかけだと思います。

芸人仲良し時代を加速させた千原ジュニアの選択

何年か前にたしか岡田斗司夫氏が指摘していたと思うんですが、「千原ジュニアが引きずり降ろされた問題」というのがあって。

千原ジュニアが売れてきた頃、今までのテレビの流れの通りに”上がり”そうな時がありました。冠を持ってMCで番組をこなしていくような立場に上がってきたと。

そのころのジュニアはまだ今よりも尖っていたし、独自性というか、40代中堅芸人の世代でありながら彼らとは差別化できていた芸人でした。

しかしそのジュニアが40代芸人たちが作ったひな壇に出ていじられ始めたんですよね。ジュニアがいじられる(ジャックナイフ時代とかを)というのは新鮮でしたが、それを面と向かってはいじらせないカリスマ性のようなものがあったジュニアが、ひな壇で共演することでいじられ芸をするようになりました。

この流れを岡田斗司夫が「ジュニアが一人勝ちから引きずり下ろされた」と言っていて、ぼくもその通りだなと思いました。

ジュニア自身は「仕事はなんでもやる」という方にシフトしたのだと思うのですが、それが尖った笑いをやる芸人という意味では正しくない選択だったんですよね。

彼に「俺の笑いは違う、こいつらと同じ土俵には立たない」みたいな気概がなかったのかもしれません。もちろんジュニアはライブをやることで自分の笑いは追求していると思うけれど、「全部やる」という選択肢は、ジュニアの独自性を保つ上では間違ったものになってしまったと思います。

((と、書いていて思い出したんですが、そう言えば松本人志はラジオで当時のアメトーークが今の形(〇〇芸人という括り)になった時に批判をしていたような記憶があります。今思えば、ジュニアもそんなスタンスならば上がれていたのかも。))

このジュニアが引きずり降ろされたという現象は、芸人仲良し時代を象徴しているように思われます。

普段から仲が良いからこそ芸人の裏の顔をいじったり、その普段の絡みを前面に出すことで自然と結束は深まっていったのが中堅芸人が作る芸人仲良し時代な気がします。

仲良しでうまく笑いを作っていける芸人はそれでいいと思うんですが、ジュニアにはそうじゃない笑いを作れる素養があったと思うんです。ここは差別化していた方がよかったと思いますが、ジュニアになんでもできる器用さがあったのも原因でしょうか、、

さいごに、時代のせいかな、、

今回の件で、闇営業とは全く別の問題なのですが、上沼恵美子が今の仲良し芸人たちを「だからあんたらおもろないねん」と批判したのは的を得ているし、芸人たちもハッとしたと思います。

改めて今のテレビの中堅芸人たちの活躍を見て考えてみると、ジュニアが「ごっつええ感じ」だったり「笑う犬の生活」みたいなお笑い番組を作っていれば、またちょっと今のテレビの構図が違ったのかなと思いました。

40代の芸人がテレビで能動的に自分の笑いを作らなかった、あるいは作ったけど視聴率を取れなかった、これが芸人仲良し時代の原因というのか、きっかけだったのかもしれませんね。

ただ、彼らによってひな壇のワイワイガヤガヤした笑いが生み出されたというのも事実で、視聴率を取っている、つまり視聴者からの支持を得ているから続いているんですよね。あれはあれでみんなができるものでもなく、独自性でもあります。ぼくもアメトーークは好きですし。

でも、そればっかりになってしまったのはつまらないですよね。アメトーークに出るために何かに詳しくなろうとする芸人が増えた感がありますが、目的が芸人として売れるじゃなくてとにかくテレビに出たい人なんだろうな、それは芸人じゃないから面白くはないだろうなと思ったりします。

一方で、ひな壇番組ばかりなのは、お金がないからトーク番組が作りやすいという理由があるだろうし、となると「時代だからしょうがないよねー」という気もするし、考え始めるとなんとも言えないところではあります。

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