手塚治虫の漫画『来るべき世界』を読みました。
kindle本で安くなっていて、タイトルを見て良さそうだなと思って買ったものです。
来るべき世界ということは「今の世界はおかしいという認識の上で新しい世界を提示しているはず」と興味が湧くタイトルです。
その期待を裏切らない面白い漫画でした。
手塚治虫初期SF三部作のひとつ
『来るべき世界』は手塚治虫の初期SF三部作と呼ばれています。
『ロストワールド』『メトロポリス』、そしてこの『来るべき世界』が初期のSF三部作になるようですね。ぼくは初めて知りました。手塚治虫はそこそこ読んでいるつもりでしたが、そういえば初期の作品はあまり読んでいなかったんですよね。
初期の作品ってどことなく子供向けな印象があります。話はシンプルで、まさに漫画の歴史を作ったと言える人の初期の漫画ですから、漫画という文化の黎明期ごと読むような感覚になります。
王道の少年SF漫画
『来るべき世界』は王道の少年SF漫画という感じです。さすがは三部作に数えられるだけありますね。
主人公の少年ケン一が行方不明になった叔父のヒゲオヤジを探す旅に出た道中、国家単位の様々な思惑に巻き込まれ、しまいには地球の運命まで話が発展していくというストーリーです。
手塚漫画は全てそうだなと思うんですけど、物語のテンポがとにかくいいんですよね。展開が早くてどんどん物語が進んでいきます。
出てくるキャラクターたちの感情もシンプルで、敵か味方かもシンプル。キャラクターが記号的に動いていて、物語の流れがとてもわかりやすいです。
なので「主人公がこの先どうなるのか?どういう道を選ぶのか?」というキャラクター目線で物語を読み進めるのではなく、「この世界はどうなってしまうんだろう」というような俯瞰の目線で物語を読んでいくことになります。
物語が王道であり、キャラクターの行動原理もシンプルでわかりやすいことから、『来るべき世界』はどういう世界なのか?という大きなテーマがはっきり見えきますし、それを伝えようとした漫画なのだなと思います。
これは昔話を読む感覚に近いなと思いました。読み終えた今、教訓のある昔話を読んだ感覚があります。
子供向けの良し悪し
この漫画は基本的には子供向けです。この作品が描かれた時代(1951年)を考えても、漫画がまだ子供のためのものという時代だったと思うので、手塚治虫大先生も子供たちに向けて書いた物語なんじゃないかなと。
というわけで、大人が読んだら雑だなと感じるところはあります。
やはりキャラクターに人としての興味がわかない感じはありますね。キャラクターへの感情移入はちょっと難しい感じ。
なぜなら記号的だからです。人物、キャラクターと呼ぶよりは”登場人物”というニュアンスでしょうか。物語のために役割を与えられている人、という側面が強いです。
「こうしよう、ああしよう」と次に進む道を選択するときに、この物語のキャラクターたちは何の葛藤もなく非常にシンプルに選択していき、物語が進んでいきます。これに違和感はありました。
ただ、この部分は一長一短で、このおかげでテンポが良いし、わかりやすい。『来るべき世界』のメッセージは誰にでも伝わるものになっていると思います。
<ネタバレあり>世界の終わりの直前に示された『来るべき世界』
ここからはネタバレありです。
ぼくがとても良いなと思ったのが、エピローグの一歩前、地球の終わりを目前にした人間が暴動を起こし、崩壊していくまでの流れです。
暴動が起きたり、街が崩れたり、地球がゆっくりと崩壊していきます。そしてこの崩壊の中で来るべき世界が示される、あるいは人類がそれを理解するわけです。
つまり、地球の終わりの直前になってようやく来るべき世界を人類が理解するという物語なんですよね。
何だか本当に人間ってこうだよなあ、ギリギリになって動く、失ってようやくわかるのが人間だよなあと身につまされるエンディングにグッと来ました。
「こうなってからでは遅い」というメッセージが伝わってきます。
ロココの最後、、、
これはちょっと書いておかなくちゃなと思うのがロココの最後です。
超人類として唯一、人間側の主人公のケン一と想いが通じ合ったロココの最後が残酷だなあと思ったんですよね。
滅亡しなかった地球から、ロココはロケットで宇宙の彼方に飛ばされてしまいます。人間以上の存在である超人類を地球に残しておけないということで、ロココは眠らされた状態のまま宇宙へと打ち上げられてしまうのです。
ケン一の反対の声は大人には聞き入られませんでした。これがロココの最後です。
「ごめんよ、人間は恩知らずだ」と嘆いたケン一をよそに、叔父のヒゲオヤジはケン一の機嫌は治るかどうか聞かれてこう答えていました。
「まずだいじょうぶでしょう。おとなになるまでには忘れます。なに、ちょっとしたアレですよ」
軽い。非常に軽い。
この一コマに人間の軽薄さが詰まっているような気がしました。
これは非常に皮肉がきいたエンディングのようにも読めます。
物語は綺麗に、教訓を持ちつつ終わっているんですが、その一方で、ヒゲオヤジのセリフからは「いがみ合ってた国同士が手を取り合って戦争のない世界を誓ったけれど、そんなことは人間だからまたすぐ忘れるよな」という風に捉えられるんですよね。人間なんてそんなもんなんだと。
子供向けにしては、ロココが最後に何のセリフも残さず物語から排除されてしまった絵面が恐ろしいなと感じました。
そしてその残酷さからは「人間はすぐに忘れる、人間は軽薄だ」というメッセージも含まれているように思えて、戒めのようにも、人間への諦めのようにも取れたりして、深いメッセージ性を感じました。
さいごに
手塚治虫の『来るべき世界』は上下巻で完結にまとまっている王道SF漫画でした。
子供向け、と思いきやエンディングから読み取れることは多く、『来るべき世界』はどんな世界なのかということとともに、人間について考えこんでしまうようなラストが印象的。
テンポが良くて軽い感じの空気の中に重いテーマが込められているので、そのコントラストが何か心に残る作品でした。
一度アニメ化はされているようですが、今の時代にあらためてアニメ映画として観てみたいですね!
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